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おじさんの独り言

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69歳おじさんの独り言です。

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タイトル 日 時
以前のHPから  「笑いは百薬の長」 2004/10/8
独立行政法人 日本スポーツ振興センター発行、「健康安全」2004 NO.3の中で、医師であり落語家でもある「立川らく朝」さんが書かれています。 ...続きを見る

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2018/08/12 22:30
セミの気持ち
セミの気持ち 今朝も夜明けとともに蝉が鳴き始めました。 夏の風物詩ですが、蝉はこんなことを考えて鳴いているのでしょうか。 ...続きを見る

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2018/07/25 11:08
静岡に関わる童謡シリーズ第6弾 「みかんの花咲く丘」
「みかんの花咲く丘」 作詞 加藤省吾・作曲 海沼実・ 唄 川田正子 ...続きを見る

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2018/07/01 23:00
静岡に関わる童謡シリーズ第5弾 「出船」(童謡ではありませんが)
静岡に関わる童謡シリーズ第5弾 「出船」(童謡ではありませんが) 出船 勝田香月(かつた こうげつ) 勝田香月は明治32年(1899)駿東郡沼津町本町に生まれ、大正2年(1913)の大火後、大宮町(富士宮市)へ転出しました。23歳の時「出船」を載せた詩集「心のほころび」を出版し、また、昭和4年(1929)29歳で東京市中野町会議員に当選、その後政治家として社会民主運動に貢献しました。 ...続きを見る

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2018/07/01 22:45
静岡に関わる童謡シリーズ第4弾 「十五夜お月さん」
静岡に関わる童謡シリーズ第4弾 「十五夜お月さん」 十五夜お月さん  本居長世(もとおり ながよ) ...続きを見る

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2018/07/01 22:37
静岡に関わる童謡シリーズ第3弾 「せいくらべ」
静岡に関わる童謡シリーズ第3弾 「せいくらべ」 せいくらべ(静岡市曲金) 「せいくらべ」の作詞者 海野厚は明治29年8月12日、静岡市曲金で7人兄弟の長男として生まれました。 ...続きを見る

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2018/07/01 22:29
静岡に関わる童謡シリーズ第2弾 「月の砂漠」
静岡に関わる童謡シリーズ第2弾 「月の砂漠」 月の沙漠(大井川町吉永) ...続きを見る

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2018/07/01 22:23
静岡に関わる童謡シリーズ第1弾 「赤い靴」 清水区
静岡に関わる童謡シリーズ第1弾 「赤い靴」 清水区 「赤い鳥」「金の船」「コドモノクニ」などの児童文芸雑誌を中心に、大正7年から昭和9年にかけてたくさんの童謡がつくられ、子供たちに喜ばれ、愛されました。しかし、同時にこの時期は、日本が戦争への道を走り始めた時期であり、童謡の中には、詩人が表立って言えなかったことを裏に隠しているものや、怖い・恐ろしい話や悲しい話、また、大人のお色気が隠されているものもありました。 ここでは静岡にまつわる童謡の古里を訪ねてみました。 ...続きを見る

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2018/07/01 22:04
おじさんの旅行アルバム【海外編】
おじさんの旅行アルバム【海外編】 おじさんは旅行が大好きです。 美味しい食べ物を食し、素晴らしい景色を見、温泉に浸かり、それはもう至福の時です。 そしてまた明日への活力を育みます。 ...続きを見る

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2018/06/08 20:39
おじさんの旅行アルバム【国内編】
おじさんの旅行アルバム【国内編】 おじさんの旅行アルバム【国内編】です。 ...続きを見る

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2018/06/08 20:27
おじさんの旅行アルバム【静岡県編】
おじさんの旅行アルバム【静岡県編】 おじさんは旅行が大好きです。 美味しい食べ物を食し、素晴らしい景色を見、温泉に浸かり、それはもう至福の時です。 そしてまた明日への活力を育みます。 ...続きを見る

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2018/06/08 18:28
二胡でニコニコ (第二部)
始めに第一部からご覧ください。 ...続きを見る

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2018/06/06 13:54
二胡でニコニコ (第一部)
二胡でニコニコ (第一部) 中国の楽器に「二胡」があります。 中国の弦楽器演奏グループの「女子十二楽坊」が華やかりし頃、おじさんは「二胡」に魅せられてカルチャーに7年ほど通いました。 ...続きを見る

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2018/06/06 13:48
ピアノ奮闘
おじさんはボケ防止のためピアノを始めて4年半になります。 月2回、カルチャーに通って個人指導を受けていますが、どうも演奏のテンポが速すぎるようで、講師の先生から「お願いですからもう少しゆっくり弾いて」と言われます。 せっかちなんでしょうか。 ...続きを見る

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2018/06/05 21:09
「ほたるの頃 オールウェイズ 3丁目の夕日編」
昔の思い出話しです。 以前のHPに載せた「ほたるの頃」シリーズです。(文中の年数は当時の年数) ...続きを見る

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2018/06/04 11:21
「ほたるの頃 学生編」
昭和43年4月、初めて故郷を離れ下宿生活を始めました。当時は4畳半、風呂なし、トイレ・台所は共同で月6千円でした。親からの仕送りは3万円程だったでしょうか。 贅沢しなければやっていけました。 ...続きを見る

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2018/06/04 11:19
「ほたるの頃 高校生編」
昭和40年4月静岡市の公立高校に入学しました。1年生のクラスでは、席順は入学試験の成績で決められました。成績の良い方が後ろから座りました。私は運良く後ろの方でした。この頃の教育は今のように「みんな一緒にゴールイン」ということはありませんでした。実力試験などの成績も貼り出され、成績は一目瞭然で分かってしまいます。 ...続きを見る

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2018/06/04 11:17
「ほたるの頃 中学生編」
昭和37年4月、静岡市立T中学校へ入学しました。登呂遺跡に近い中学です。 当時は浜まで家はなく松林が見えました。中学校も木造の古い建物でした。 私達の年代は「団塊の世代」でして、1クラスの人数は55人くらいだったでしょうか、クラス数も15クラス位あったと思います。 ...続きを見る

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2018/06/04 11:13
「ほたるの頃 小学生編」
昭和31年4月、静岡市立M小学校に入学しました。歩いて10分位だったでしょうか、静岡駅から最も近い小学校です。この小学校は校歌にも歌われていますが昭和4年の創立です。校舎は勿論木造で、古い建物でした。 入学したての頃、私は足を床にバタバタさせて先生に「静かにしなさい」と注意されたことを憶えています。何でバタバタさせたのでしょうか。 夏はプールの時間がありました。その頃は洒落た海水パンツはありませんでしたので、赤フンをつけて水浴びしたものです。どうしたものか、ようやく50m泳げるようになったの... ...続きを見る

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2018/06/04 11:10
「ほたるの頃 幼稚園編」
「ほたるの頃 幼稚園編」 静岡市へ移った後、昭和30年4月8日、幼稚園に入園しました。その幼稚園の園長先生はお坊さんでした。甘茶を振舞われましたので4月8日の花祭りだったと思います。 でも甘茶であるはずのお茶は苦く、子供にとって到底飲める代物ではありませんでした。どうも砂糖が入っていなかったと思います。 園内にお墓がありました。それが何であるかも知らず、かくれんぼや追っかけっこをしたものです。さぞかしお墓の中の故人はうるさがったことでしょう。 ...続きを見る

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2018/06/03 22:28

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